ヤクルト至上、最も美しい開け方
ヤクルトの飲み口の開け方は、人それぞれの個性の表れだ。
いたって普通にめくる、ダイナミックに指で穴を開ける、几帳面に爪楊枝で小さな穴を開けるなど、そこそこメジャーな開け方は幾つかある。
どの開け方も大概経験があるものだ。
幾つかある開け方の中から、「エリンギ」について講釈を垂れさせて頂く。
ヤクルトは美しい
美しきヤクルト
久々にヤクルトを目の前にして得た感動、それは飽きのこない窪みのある美しい形状だ。
子供やお年寄りでも持ちやすく、また、少ない容量でも満足感を高めるように設計されているらしい。
美しさを増すエリンギ開け
薔薇は、その美しさを開花まで包み隠す。
ヤクルトもまた、それと同じだ。
アルミの蓋はそのまま開けてはいけない、それは開花前の蕾を摘み取るようなものだから、とても罪深い。
それなら優しく開花の手伝いをしようではないか。
大切な事は目には見えない。
大人の人は、手遊びの過ぎるヤクルトだとか、勝俣州和の前髪だとか言うけれど、これはまったくエリンギだ。
開ける時も
エリンギは開けやすさも兼ね備えている。
そして丸みに帯びた甘い香りが際立つという事も付け加えておこう。
確かに詰まっていたのだ
エリンギなら蓋を戻すことも出来る。
はじめから何もなかったかのように…卒業後に訪れた教室に感じる匂いのそれと同じだ。
だが、思い出もヤクルトも確かに詰まっていた。
私は確かにヤクルトを飲み干したのだ。
不安さえ感じるだだっ広い雪原で、振り返った視線の先にできている軌跡を、エリンギなら知ることが出来るのだ。
エリンギはヤクルトではない
エリンギはヤクルトだけの特権ではない、バニラヨーグルトでも同じ事が言えるのだ。
エリンギ好機は常に目の前にぶら下がっている。
エリンギになれなかった者たち
十勝まろやかヨーグルトはエリンギに値しない。
蓋がアルミ素材では無いなどと言う話ではない、ただエリンギでは無かっただけの話だ。
エリンギは世界
世の中は有るか無いか、何を問われるにせよ結局は二択で構成されているのだ。
エリンギは私たちを原点にかえしてくれる。
有るから無があるのだ、無いから有があるのだ。
エリンギでない事はまた、エリンギの存在を表している。
...。
...なんやこれ...。
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